バスキア

“basquiat(バスキア)” というバンドの解散ライブにいってきました。

バスキアのボーカル/ベースのテルヲさんは友人を介して知り合ったのですが、カバンから次々にいろんな自作の楽器が出てきて、そこらへんに落ちている石ころや砂なんかを入れて色んな音を出して喜んでいるという人で、強烈な印象を受けたのを覚えてます。(褒めてます)

 

まず、このバンドについて、木村佳奈がリサーチ​​と記録を残していますのでご覧ください。

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(一部抜粋)

10代だった彼らが地元四日市で結成し、20年目の今年いっぱいで解散することになったバンド“バスキア”。

彼らが“バスキア”という表現活動の場で継続してきていることは一体何なのか。

解散報告を受け、音源とは別の形で彼らの活動を残したいという欲求が、ふつっと出てきてしまった。偶然にも、現時点で素材は持っている。何か紐解けるのかもしれないという望みを持って今ここに書き記し、企てている。

彼らは、バラバラに飛び散った絵の具のようだ。

キャンバスに留まらず、いろんなものに付着して、そこはアトリエの光景。

予期しない美しさがインスピレーションを刺激するあの空間で、お互い持ち寄った素材や偶然性を緻密に構成し、楽しんでいる。

ここで気がつくのだが、そうだ、私は今”バスキア”の話をしているのか。

私が知りたいのは、彼らの楽曲がどう生まれて、どう構築されていくのか。

彼らのパーソナルな部分と、飛び散る瞬間の絵の具たちの所以である。

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これを読んで、また実際にライブを観て感じるのは、10代の頃から20年もの間3人で活動を続けてきたことの重み、苦しみ、愛。また、同じ方向を向いて同じ温度感でなにかを作り上げるチームがあることの幸福さ。結局のところ、一人でやることには限界があって、それを潔く認めた先にある自由さ。

20年という年月が詰まった、最後の輝きを観ることができて良かった。